図形の問題 


複ベクトルを使って和算に挑戦  江戸時代の人が苦心をした問題を、複ベクトルを使って「鮮やかさ」にはちょ っとばかり欠けますが・・・、平凡に、自然に、閃きに頼らないで、解いて見せ ましょう。まぁ、こう大きなことを言っても、なかなか上手く行かない問題も沢 山あります。と言うよりも・・、上手く行かない方が遥かに多い。ベクトルなん てものは、夢にも考えられない時代に作られた問題ですから、これはある程度止 む無しでしょう。それでも解ける問題を探せば、相当数有ります。「お前は・・ ・、この問題が解けるか・・・、やって見ろ・・・、俺は解けたぞ・・・」こん な江戸時代の和算学者に楽々と答えてやって、一蹴りしてやりましょう。     実は、当HPにも、道場破りのような、嫌らしい質問が舞い込み、それに軽く 答えると、負けたように思うらしく、次から次へと難問を送って、答えられない ようになるまで・・・。こんなのは御免ですねぇ・・・。私や・・・、和算の師 匠ではありません。まぁ、しかし、これが和算を育てた江戸時代の民衆の心のよ うで・・・、それが、今も、なお、皆さんの心の深層に引き継がれているのかも 知れません・・・? これを一概に非難すべきでないのでしよう・・・、民衆の 知的好奇心の一つのベースになっているのかも知れません。              こんなところから一歩進んで、誰にでも、巧まずして、自然に、水が流れるよ うに解ける幾何学を構築しましょう。要するに「落ちこぼれを作らない数学」こ れを錦の御旗に掲げようではありませんか・・・? 和算に中に潜む「悪」を抜 かないことには数学にはなりません。                     「落ちこぼれを作らない数学」これには文科省の木っ端役人も、日本の秀才の 力を結集して、明治以来一世紀半以上の年月をかけて、相当に考えてはあるもの の、未だ、未だ、足りませんねぇ。そもそも・・・、文科省の木端役人や学識経 験者、つまり、落ちさんの大学教授連中に、これを求めても埒があきません。彼 らには、難しくて学ぶことを放棄せざるを得なくなった生徒の悲しい胸の内を察 することが出来ないどころか、自分の「落ちさん」を棚上げにし、上からの軽蔑 の眼差しで・・・? これでは全然駄目でしょう・・・?           ここは既に解かれてある問題と解答を見ながら解きましたから、 ミスは格段に少ないだろうと思います。
 比例式  三角形  四角形  多角形  円   楕 円 
 面 積  微 分  変 換  ユークリット  座 標  公 式 
注  意  「現代の数学である複ベクトル」と言いたいところですが・・・、これは嘘八 百で、複ベクトルは、当HPの製作者が考えた個人的な数であって、広く世間に 行き渡った数ではありません。勿論、高校数学にありませんし、文科省の木っ端 役人の目に留まる可能性は皆無でしょう。こうは言っても、別に目新しい数でな く、西洋の数学にある「ベクトルと複素数を融合した数」です。これと江戸時代 の和算との出会いの場を。これによって、江戸の和算学者が現代に蘇り、西洋の 天才数学者と肩を並べるところまで・・・・????              言うことはデカイのであるが、和算の問題は難しく、解けない問題が山程あっ て、なかなか思うようには行きません。そもそも、問題の製作者に「そうそう簡 単に解かれたくない。解かれること、これ、即ち、我が流派の敗北なり」こんな 魂胆が問題の裏側にあります。西洋でもカルダノが活躍した時代は、金を賭けた 数学の試合があり、互いに切磋琢磨していたようです。それが・・・、何時ごろ かは知りませんが、こんな段階を通り過ぎて、科学文明の屋台骨を支える柱の一 本にまで成長させています。ここが和算と洋算との決定的な差です。      この差はどこから来たのであろうか・・・・???  周りの者と切磋琢磨し、これを自分を磨く動機にする。「これは秘伝中の秘伝 であって、ちょっとやそっとでは、君には教えやれません・・・」こんな思想で は、次世代の新たな文明を切り開くことは出来ません。日本の伝統工芸の中に残 る「職人根性」がその答えになるのかもねぇ・・・???          
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